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 真性ヒーロー?
2006.8.26

前回、完全無欠のヒーローを期待しますなんて書いたら
なんとすごいヒーローが出てきました!
皆さんご存知、早稲田実業のエース君。

引き分け再試合の死闘を演じ見事優勝。
マウンドではハンカチで汗を拭い、どこまでも冷静沈着。
勝ってはまずチームメイトや周囲の人たちに感謝を述べる。
そしてその言葉は明瞭で美しくルックスも爽やか。完璧です!

あまりにも例のボクサー君とのギャップが大きすぎます。
案の定、一気に国民的ヒーローとなりみんな大騒ぎ。
マスコミも連日追いかけ回してニュース番組ですら
トップニュースで特集を組む熱の入れよう。
その中身はどこで聞いてきたのか美談の連続。
よく見るとお兄さんが食事の用意をする映像なんて甲子園以前でしょう?
つまりマスコミは既に彼のキャラクターに狙いをつけていた?恐るべし!

ただ気になるのはいつもの事ながらこうやって美談が並びすぎると
必ずその反対の話題を探そうとする輩が出てくること。
そして明らかに決勝戦以降、彼の人生は変わってしまうでしょう。

ともかく誰よりもこの騒動に驚いているのは彼自身でしょうし
せめてプロになるまではそっとしておいてあげましょうよ。


 偽造ヒーロー
2006.8.8

ここ数日かの若手プロボクサーのことでマスコミが賑わっています。
タイトルマッチの瞬間視聴率が50%を超えたとか。

まさに国民的ヒーローと言っていいのかもしれません。
ただ私個人的には日々マスコミに露出してはやりたい放題悪態をつき
試合前の会見ではハンバーガーを食べながら登場したり
試合後の認定書を受け取っても会釈すらしない彼の姿はいかがなものかと。
さらにそれをパフォーマンスとして歓喜している多くの大人に対して
なによりもの嫌悪感を覚えます。

しかしあるコメンテーターいわく彼はカメラがまわっていないところでは
礼儀正しい好青年だとか・・・。

確かにボクシングのスタイルは正統派だし
思うように行かない試合の中でコーナーに戻った彼の顔からは獰猛さは消え
不安に怯えているようにさえ見えました。

つまり彼の個性的なキャラクターは作られたものなのでしょうか。
芸能界では上下関係が明確で礼儀正しくないと生きていけないとも聞きます。
制作側は自分達には礼儀を求め、
作り出すキャラクターにはその逆のものを演出しているわけです。
そして多くの人がまんまとその戦略に嵌ってしまっています。

ストレスの多い世の中、破天荒なキャラクターが受けているのもわかりますが、
荒っぽい事件の多い中、このような風潮に不安を感じます。

そしてその試合の結果に疑惑が出てきたとたん苦情が殺到し
今度はマスコミがそれを煽っている。

自分達が虚像を作り上げておきながらいざとなると梯子をはずすという
あまりにも身勝手なやり方をみて彼に同情したくもなります。

まだ十代の彼の人生がこの先どうなるのか?
私が心配することではありませんが、少なくとも囃し立てた周りの大人は
しっかりその責任を負うべきでしょう。

そういう私もその試合を最後まで見てしまったということは
マスコミに毒されてしまった一人なのかもしれません。

次は完全無欠のヒーローが誕生することを願います。


 屁理屈のススメ
2006.7.21
理屈っぽくて頑固で天邪鬼・・・これが自他共に認める私の性格。

そういえば幼少より周囲からは同様のありがたい?評価をいただいていた。
とにかく納得のいかない事があれば先生だろうが先輩だろうが
食ってかかっていた気がします。もちろん腕力には自信が無いので口で。

ただ残念なことになにぶん気が小さいために結局は打ち負かされては
母親相手にぼやき、そのたびに『長いものには巻かれときなさい・・・』と
これまたありがたい?教訓をいただいたものです。

それが年月を重ね建築を生業としまた社長業となった今、
その困った性格はさらに助長されるばかり。
きっと周りは大迷惑でしょう。

私は常々建築に携わるものは設計であれ現場であれ
理屈っぽくなければならないということを持論としています。
建築とは言うまでもなく芸術と工学の融合であり
白紙に線を引きそして更地に巨大な工作物を造るうえで
それぞれが確固たる論理を持っていなければ成立しません。

現に身近な高名な先生方も話して見ればみんな理屈っぽい。
いや、確固たる持論をお持ちである。
だからこそ有名になれば本を書きまた講演会なるものもできるのでしょう。

ところが昨今現場ではその理屈っぽさが消えようとしている気がします。
以前であれば頻繁に職人たちと出来る出来ないというような論争を繰り広げたものですが
最近では少々怪しいことでもとりあえず言うとおりに造っておこう的な風潮を感じます。

さらにその為かいわなくても分かっているだろうと思ったことが
まったく違うものになっていることもしばしば。

そもそもたとえ屁理屈と言われようともそれを投げかけることで
結果的には相手の考えていることを理解でき、
その中から適切な解決策が見出せまたチェック機能となるのですが
屁理屈さえででこないようではコミュニケーションのしようがありません。

頑固な職人気質が薄れ、監督はただのサラリーマンになり、
設計者は日々コンピューターとにらめっこ。

仕方が無いのでどんどんマニュアル化して対応していくしかない。
このままでは日本の建築はプレハブ化していく一方です。

無理難題を議論を戦わせながら解決し造り上げていくという
建築の醍醐味をもっと楽しみたいものです。

というわけで今回も屁理屈だらけでした。。。